「いや、それは無理でしょ」
着物で暮らしたいなと思っていた頃、着物に抱いていたイメージの一つが『動きづらい、活動的ではない』というものでした。しかし、着物を日常的に着るようになり、その印象は徐々に薄れていくことになります。着物で旅行もするし、車も運転するし、デイキャンプにも行きました。
しかし、着物に慣れてきてもなお手を出さないことがありました。それは、『着物で自転車に乗ること』。だって着物を運転する姿勢がそもそも着物に合ってなさそうでしたもん。そして、これはなかなかに不便でした。買い物やカフェ巡り、図書館に行く時、歩いていけなくはないけれど、自転車の方が便利で快適なのですから。そんなこんなで、数年前から少しずつ着物で自転車に乗るようにはなったものの、「着物では自転車に乗るもんじゃない」と感じていました。
しかし、着物で暮らしてもう6年。やっとというべきか、『着物×自転車のコツ』のようなものをいくつか実感することがありました。これが、今日の本題。わたしが掴んだコツの情報共有をしたく、筆をとった次第です。
これまでも、着物で自転車に乗る方法について情報発信している個人、媒体はいくつも見てきましたが、どれも「前掛けを着れば裾がまくれない」、「着物の前合わせをクリップで留める」、「袴をはけばいい」など、なにかしらを付け足す工夫ばかり。
自然体で着物を着て暮らしたい私としては、シンプルで素のままの着姿で自転車に乗りたいというなんとも面倒くさいこだわりを持っていたので、どのアドバイスも参考にはなりませんでした。なので、今回わたしが皆さんに紹介するコツは全て、普通の着物姿で自転車に乗ることを念頭に置いたものになります。わたしと同じように感じ、思い悩んでいる方の参考になりましたら幸いです。
結論としましては、
- サドルは高くすること
- 裾さばきをよくすること
- 自転車はフレーム低めを選ぶ
- 薄物の着物で自転車に乗らない
以上が、着物で自転車に乗るコツになります。理由や詳しい解説はこれから述べていきますので、一緒に見ていきましょう。
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着物×自転車のコツ
自転車選びから、すでにサイクリングは始まっている
そもそも、自転車がこんなタイプであれば、着物で乗るのはあきらめたほうがいいかもしれません・・・。
なぜなら、わたしが皆さんにおすすめしたい自転車とは、ずばり『ロングスカートの貴婦人でも乗れそうなやつ』だからです。・・・貴婦人は省いてもらってもかまいません。
こんな感じで、フレームが低いものが着物で乗りやすく、おすすめです。
先ほどの青い自転車はフレームが高すぎて、またがる際に足を高く上げなくてはならず、乗っている最中も着物の裾がフレームに『割られる』状態になるので、着物が着崩れてしまうんです。
写真2枚目の緑の自転車くらいフレームの低いものなら、自転車にまたがる時に足を高く上げずに済みますし、自転車に乗っている時も着物の裾が当たることはないので、着崩れだけでなく裾の汚れも予防することができるのです。
サドルと人生の目標は高めにしましょう
わたしの自転車のサドルは、けっこう高めです。
↑夏日に撮ったので全体的に白くなっちゃいました・・・。
サドルが高いとまたがりにくいし、信号待ちで止まる時に足をつくのが不安だ。そう思う方がいらっしゃるのは当然です。しかし、きちんと理由があって私はこうしているのです。
サドルが高い方が、裾がまくれにくく着崩れにくいのです。
具体的に言うと、ペダルを踏みこんだ際に足がまっすぐ伸びるくらいの高さが、一番着崩れないと実感しています。
なぜ、サドルを高くすると着崩れにくくなるのでしょうか。
自転車に乗る際の着崩れとは、裾がはだけたり、着物の前合わせがずれることで起きますよね。これ、足が広範囲に動きすぎることで起きていると言えませんか?ペダルを漕ぐたびに膝が前に出て、着物の裾が左右交互に引っ張られる。これが着崩れの大きな原因のひとつです。自転車に乗る時すでに膝を曲げているのに、さらに漕ぐたびに膝を大きく曲げていれば、そりゃ着崩れますわな・・・。
サドルを高くすると、またがっている時もペダルを漕いでいる時も膝を大きく曲げずに済み、サドルが低い時の姿勢と比較して足がまっすぐ伸びますから、立ち姿に近い格好で自転車に乗ることができるのです。ペダルを漕ぐ際の足の活動範囲を小さくする。つまり、歩いている時と変わらない程度にしか膝を曲げ伸ばししないことで、着物の裾が引っ張られづらくするのです。
こうするだけで、着物の裾が左右に広がりにくくなります。ぜひ試してみてください。
重たい着物は役に立つ
自転車選びとサドルの高さ調整で、着物の着崩れはかなり軽減させることができるはず。しかし、まだ着物で自転車に乗る際の注意点があります。
それは、風で着物がはだけてしまうということ。
執筆している現在は、蝉すら鳴かない猛暑の8月。わたしは、軽くて透け感のある麻の着物を着て日々過ごしています。でも、自転車に乗る時には別の着物に着替えることも。なぜかって?軽い着物で自転車乗るとマリリン化してしまうんですもの。
麻、絽、紗、ポリエステル。軽やかな着物は夏の空気によく似合い、汗だくな身体には心地よいのですが、いかんせん軽すぎます。突風だけでなく、自転車で風を切って走るだけで簡単にまくれます。下にステテコを履いているからといって「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」と開き直るのも、情緒というか品格というか・・・。下に着ているものが見えてしまうのはみっともないと思ってしまうたちなもので、軽い生地の着物を着た日に自転車に乗ると、まくれた裾を直し、めくれてはまた直す、をサイクリング中ずっと繰り返すはめになります。
しかし、しっかりした生地の着物であれば、ちょっとの風では布の重みを持ち上げることはできません。自転車に乗って起こる風圧程度では、裾はまくれないのです。下着が透けてしまうほどぺらぺらな浴衣を選ばなければ、よっぽど問題ありません。秋冬ものの着物であれば、自然と重みを増していきますので、こんな心配とは無縁になります。夏ならではの注意点と言えますね。
滑ってもいい、着物の裾ならね
自転車に乗る時には、着崩れだけでなく裾さばきにも意識を向けましょう。
『裾さばき』とは、着物の裾同士の擦れ合いで生じる摩擦の程度のことで、簡単に言えば『滑りの良さ』となります。着物は通常、長襦袢の上に長着を着ますが、どちらも体の前で重ね合わせるので、前側は生地4枚分の布のミルフィーユ状態になっています。この時、着心地にもつながるのが裾さばき。ざらざらな摩擦係数高めの襦袢と長着を重ね着していると、着物の裾はがっちり重なり広がらず、足をめいっぱい前に踏み出すことができません。
着物で自転車にまたがる時、漕ぐ時、降りる時も、着物の裾が広がらずに足がつっかかってしまう。せっかくお洒落しても、まるで自転車に初めて乗る人かのようなぎこちない動きになってしまいますし、なにより転倒する危険があります。
つまり、自転車に乗る時には裾さばきのいい着物、つるつるした大島紬やさらさらなポリエステル、をおすすめします。ここで忘れてはならないのが長襦袢。こちらも裾さばきのいいものにしておかないと、着物はよくても長襦袢がつっかかってしまうのですから。
木綿やウールなど、比較的ざらざらしていて裾さばきのよくない着物で自転車に乗る際は、重ね着せずに浴衣スタイルにすることもおすすめです。着物の下に長襦袢を着ないということですね。重なる布の量を半分にすることで、裾さばきもよくなります。
筆者自身の着物×自転車スタイル
わたしは自転車に乗る際、木綿の着物を浴衣スタイルにして、下に見えても恥ずかしくないワイドシルエットの麻ステテコを履くことが多いです(麻ステテコに関しては、おすすめをこちらの記事で紹介しております)。
寒くなってくると、化繊の裾さばきのいい長襦袢の上に木綿着物を着るか、タートルネック+ワイドパンツを下に着た『暖かい浴衣スタイル』が多いですね。さらに羽織を羽織ることがありますが、長羽織ですと裾が漕いでいるペダルにあたって、汚れてしまわないか心配になります(笑)
足元は、ペダル操作で汚れや傷がついてもいいようなサンダルや靴を選んでします。
少しでも参考になりましたら嬉しいです。
結び
着物で自転車に乗れるようになると、生活圏が一気に広がります。子供の頃にそうだったように、着物を着ていたら自転車にのれないと自分を縛っている方は、自転車で世界が広がる楽しさ、感動を味わうことができます。
これまで徒歩だった道のりをより早く移動でき、重い荷物も苦にならない。着物だからという思い込みで享受してこれなかった文明の利器の恩恵を、取り戻してみてはいかがでしょうか。