最近、改めて持ち物を見直してみました。そして、初めてメルカリを使って断捨離してみました。
手放す人と欲しい人。ものの価値を両者で決めて、ホコリを被っていたものに光を当てる。メルカリはいいシステムだと思います。
しかし、メルカリと断捨離の組み合わせは、整えたい今の生活をより煩雑にしてしまうとも感じました。
水と油、もしかしたら火に油を注ぐことになるかもしれません。
今回は、ミニマリスト歴3年の私が感じた、ミニマリズムとメルカリの相性について、メルカリを使ったばかりの新鮮な気持ちのうちにつらつらと書いていきます。
これから断捨離をしてミニマリストになりたい、手放す手段は色々あるけどメルカリが気になっている、という方の参考になれば幸いです。
※広告が入っています。読みづらい箇所があるかもしれません・・・。
稼ぐならメルカリ
私が今回手放すことにしたのは、読み終わった本、気に入っているが着なくなった洋服、市場価値のある一軍ではない着物、好きだけど使いづらい小物たち、などです。
以前本を古本屋に買い取ってもらったのですが、1冊10円、よくて50円でした。ブランドタグがついている服が古着屋に持っていけば買い叩かれるのも経験済み。まして小物たちはノーブランド。1個50円なんて値段が付きかねません。
メルカリなら、梱包材費と売上の10%、発送料を差し引いても、実店舗より高値がつきます。メルカリでの買い物の経験から言えば、実店舗の1.5〜3倍の値段で買ってもらえる肌感です。
ただ、手間もかかります。見栄え良く、かつ状態を正確に把握できる写真を撮る。魅力的に、かつ悪い面も正直に書く。安上がりでありつつ、安全に届けられるよう梱包し発送する。ミニマリストからすると、出品してから発送するまでにやることは多いです。特に、発送方法によって梱包資材を考えないといけないのは、少し調べて学ぶ必要がある一番の障壁です。
買取店に持っていく方がはるかに楽。でも、「欲しいものがあるから軍資金を作りたい」なんて場合は、メルカリはおすすめできそうです。
手放すべきはものより雑念
しかし私は、これから断捨離をする人には捨てる、リサイクル、二束三文で売り払う、をおすすめします。つまり、要らないものをお金に変えることは考えないほうがいいです。
断捨離を始めると、要らないもので山ができます(誇張じゃありませぬ。実体験です)。
メルカリに出品するために、それら全部の汚れを落とし、写真を取って、売れるまで保管しておく。結構な時間と手間がかかります。いつしか、断捨離はどこへ?いつからガレッジセールにシフトしてしまったの?なんて、迷走することになります。
売れる方法を調べたり、何人に見られたか確認したり、商品だからと不要品をうやうやしく扱うのは、無駄です。不要な労力を不要品にかけてしまっているのです。得をしたい、もったいないという雑念があるから、ミニマリストが手放したがることをしてしまう。
断捨離の目的はミニマルな暮らしに整えること。ミニマリズムの目的は幸せになること。いたってシンプルです。断捨離はただの手段であって、メルカリはさらに小さな選択肢のひとつ。それが目的になってしまっては本末転倒です。
要らぬコストが生じる可能性も、メルカリと距離を取ることを考える理由のひとつです。
新しくものを買ったとします。仮にイヤホンとしましょう。そうすると、「もしかしたら売るときがくるかも。箱付きの方が高く売れるから、捨てずに取っておこう」と無駄なものを持つことになるかもしれない。「リセールバリューを考えたら後で払った分は取り戻せる。とりあえず買っちゃおう」なんて、熟考せずに買う言い訳を作ってしまうこともあるでしょう。
つまり、本当に必要なもの、魅力的なものを持つというシンプルなことができなくなってしまうのです。お金が絡んだ雑念は強い。ここは、触らぬ神に祟りなし、です。
私はさきほど、メルカリならお金を稼げると言いました。間違はないけれど、それはなにもやることがなくて、暇で暇でしょうがない時間にメルカリをやる場合に限ります。
私達自身のメルカリに割く時間とエネルギーも、大切な価値あるものです。ただ不要品を処分したいだけなのに、趣味の時間を削ったり、のんびり休む時間をメルカリに充てるなんて、それこそもったいない!です。
仕事のために勉強すれば稼ぐお金が増えることもあるし、趣味によって幸せな時間を過ごすことも出来ます。まずはそちらを優先していきましょう。そのために、ものを減らすのですから。
ミニマルな暮らしにこそメルカリを
CMの謳い文句みたいな題になっちゃいました。
私はメルカリを否定するつもりはありません。ものに溢れた状況で行う断捨離、これと相性が良くないと思っているのです。
逆に、一度ミニマルな暮らしに整えてしまえば、メルカリはなかなかいいシステムだと思います。
人は常に新しいものを吸収し変化、成長していくものです。当然、暮らしもアップデートされていきます。持ち物を厳選し、お気に入りや実用的で美しいものに揃えたとしても、少しずつ入れ替わっていきます。とある方も、「服も人と同じように歳をとっていくといい」とおっしゃっていました。新陳代謝といえばいいのでしょうか。
つまり、ミニマリストになった後でも、ものを手放すことは度々起こるイベントなのです。
ミニマリストにとって、断捨離の手間はさほどかかりません。だってものが少ないんですから。それなら、メルカリに出品するのも簡単です。
また、メルカリに出品するまでの手間のお陰で、自分に本当に必要なものを考える時間も作ることが出来ます。私は以前、出品しようと準備する間に、「なんでこれを買ったのか」「本当に不要なのか」と熟考し、手放すことをやめたものがあります。逆に、「自分にこれは必要ない」と再認識し、同じ過ちを防ぐこともできます。出品への手間という痛みを伴うことで、自分を省みることもできるわけです。
お気に入りだったものと別れるのは辛いことです。しかし中古市場は厳しく「それは不要品だ」という現実を、0の数が少ない提示額で突きつけてきます。
メルカリであれば、自分で納得した値段でお気に入りを手放すことができる。買い叩かれるのではなく、一種の有終の美を飾らせてあげることができるのです。ただの不要品としてではなく、価値あるものとしてお別れすることが、ものへの供養にもなるのではないでしょうか。
結び
断捨離には、物理的にも精神的にもかなりの力が必要です。挫折せずに断捨離を完遂できる手段を選ぶことが、生活を整えるには大切だと思っています。
メルカリは断捨離には不向きです。しかし、ものを大切にするには適した手段だと思います。
皆さんの暮らしが一層素敵なものになりますように。
終わり。